急行「能登」の半世紀前の編成とマロネフ38について/「能登」最晩年の写真を少々

前回記事で「北陸」の写真を載せたら、知り合い(非鉄)に「能登(ボンネット車)の写真はないのかね?」と言われまして(笑)、ためしに探してみたらわずかに写真が出てきたので、いちおうそれを載せておきます。
いずれも旧カメラで手持ちで撮ったものなので、写りはよくないですが。
2009.12.26 0003 大宮 能登2

※今回は「能登」の話のはずですが、こんな形式↓を連結していた、半世紀前の「能登」にも触れた内容となっています。
マロネフ38 11
…「能登」と言われると、個人的にはどうしてもそのよーな話に転んでしまいます…w
超自己満足だとわかってやってるつもりですが(汗)



ところで、この記事とは全く関係ない話ですが…
予定では、先の日曜くらいに銚子に行こうと思っていたのですが、時間と体力等の問題で中止しました(汗)
また、次の週末は遠征(笑)の予定ですので、次回更新は1週間以上先になる可能性が高いと思います。
そして、丸1ヶ月以上続けてきた「北斗星」の編成記録も、19日か20日には途絶えることに(笑)
なお、最近はとくにイレギュラー編成は生じてないです。


…それと…「北陸」記事の拍手が、こことしては異例の数に(汗) …ありがとうございます♪

(2010.05.05追記)
昭和37年1月23日以降の「能登」編成について情報をいただきましたので、その件を追記しました。(この文字色の箇所)

(2010.09.27追記)
マロネフ38の実車写真をよく見ると、この記事で掲載した側面図のリベットの位置が間違っていたので、訂正したものに差し替えました(汗)
 

さて。「能登」についてですが。
当方にとって「能登」と言えば、前回も少し触れましたが…
(またあらぬ方向に脱線しますw)

1959年9月22日改正 急行「能登・伊勢・那智」 901・902列車 東京-金沢・鳥羽・新宮(東海道本線経由)
 EF58 (東京-米原)
 マロネフ38(11・12)
 スロ53 (スロ54連結の記録もあり)
 ナハネ11
 ナハネ11
 スハ43
 スハ43
 スハフ42 (ここまで東京-金沢「能登」)
 スハフ42
 ナハネ10
 スロ53
 スハフ42 (ここまで東京-鳥羽「伊勢」)
 スハフ42
 マロネロ38
 ナハネ11
 スハフ42 (ここまで東京-新宮「那智」)


…まず、この編成がイメージされるわけです。(いちいち編成書いてどーするw)
この編成は、3つの列車を併結した3階建列車であることが大きな特徴ですが、個人的には何といっても、2人用区分室4室と開放形の寝台(プルマン式ではなく、ツーリスト形と呼ばれるロングシート状の寝台)を備える二等寝台車、マロネフ38 11・12の唯一の定期運用で、それは、数ある戦前製元一等寝台車として最後の定期運用でもあった、ということが特筆されると思っています。
また、「那智」編成には、ツーリスト形寝台と転換クロスシートを備える二等寝台・二等座席合造車のマロネロ38も連結されていますが、マロネフ38 11・12も二種類の寝台を備えていることから、実質的には合造車と言えるでしょうから、1本の編成中に戦前製の合造寝台車が2両連結されていることになり、このような例はかなり珍しいと思います。

マロネフ38 11
マロネフ38形(11・12) 非公式側
マイネロ37260(1931年)→マイネロフ37260(1940年)→マイネロフ37(1941年)→マイネロフ29(1953年)→マロネフ38(1954年)
1967年11月9日廃車
定員 [区分室] 寝台8人 [開放室] 寝台12人 [喫煙室] 2人


文章だけ書いてもあまり面白くなさそうな気がしたので、なんとなく着色した図を載せてみましたw
側面図は、数年前に作図したものを少し手直しして着色しましたが、それだけだと中途半端に思えたので、車内の平面図も描いてしまいましたw
※車内の配色は、開放室の寝台が濃い青で、仕切の色がニス塗りの茶色ということ以外よくわからないので、ほとんど想像です。
区分室寝台のモケットは、当初のマイネロ時代はオリーブグリーンだったと思われますが、マロネフ38への改造時に折畳み洗面器を撤去して二等寝台特別室に格下げしたことから、モケットの色も二等色の青に変更したものと推定し、また、給仕室や車掌室の腰掛には二等用のモケットは使わないのでは、と思えたので三等用の緑としてみました。

ところで、このマロネフ38の車内配置は、半室が区分室寝台、残りの半室が開放寝台という合造車スタイルですが、個人的に、このような配置の形式は、数ある客車の中でもとくに好みです♪
(なので、類似の構成のマロネ40・マロネフ58なども特別に好きな形式です)
なお、これの区分室は2人用ですが、その広さは現在の「あけぼの」のシングルデラックスや、「トワイライト」のツインにほぼ匹敵し、開放寝台のほうは、寝台幅70センチの2段寝台で、寝台の向きは異なるものの、現在の24系開放B寝台と同一の寝台幅です。


…話がマロネフ38に飛んでしまいましたが…(笑)
「能登」は、以下のような点でも印象に残る列車でした。
●1961年10月1日改正で「能登」は単独列車となり、マロネフ38はオロネ10に置換えの予定だったものの、実際にはこの改正に間に合わず、1962年1月23日の金沢発上りまではマロネフ38を暫定的に使用。
…余談ですが…
当時は、ロネ・ロの等級帯が青1号から淡緑6号への変更されつつある時期でしたので、「能登」にマロネフ38が連結されていた最後の頃は淡緑帯になっているのでは…と思って色々調べたものですが、結論としては、その頃はまだ2両とも青1号帯でした。…ちょっと残念なような気も…(笑)
また、1961年10月1日改正では、3両のハネについてもナハネ10からスハネ30への置換えが予定されていたものの、こちらも転用(改造)が間に合わず、「当分の間ナハネ10」とされていましたが、これについては、実際にいつ頃置換えられたのか不明で、長年気になっています。
個人的には、マロネフ38とスハネ30の組み合わせが実現していたのなら、大変興味深いのですが(笑)

(2010.05.05追記)
この件について、情報をいただきました。
「昭和36年10月1日改正 東海道、御殿場、中央線 旅客列車編成並びに客車運用表」(東京鉄道管理局)の、[能登]の所には、「当分の間」ということでマロネフ38入りの暫定編成が記載されていて、その下にさらに「37.1.23」の日付の入った手書きの書き込みがあるとのことで。そこには「当分の間 5,6号 スハネ(30)をナハネ(10) 7号 スハネ(30)欠」とあり、手書きの編成図が描かれていて、ナハネ10×2+オロ61×2+オロネ10となっていたそうです。
そんなわけで、イレギュラーの可能性を除けば、残念ながらマロネフ38とスハネ30の組み合わせは存在しなかったようですが、長年気になっていたことの実態がわかってすっきりしました♪
貴重な情報提供、ありがとうございました。


●1968年10月1日改正で廃止となった後、1975年3月10日改正で、上野ー金沢間急行(上越線経由)として再登場。上越新幹線開業直前まで在来形客車で残った上野口の急行としては、最も寝台車連結両数の多い編成でした。
また、在来形客車時代の晩年は、その堂々たる編成を新鋭のEF64 1000番代が牽引しましたが、これが意外とよく似合っていたように思います。
●上越新幹線開業の1982年11月15日改正で、14系客車化されると同時に信越本線経由となって、EF62・EF63との共演が見られることに。
以後、1993年3月18日改正の電車化まで、大きな変化はなく推移。

…というわけで、当方にとっては、たとえマロネフ38のことがなかったとしても(笑)、「能登」=客車列車でした。
もっとも、実際に見たことがあった「能登」は、電車化以降の姿だけだったのですが(汗)、「能登」に使用される、国鉄特急色・ボンネット形の489系に魅力は感じたものの、それは最後まで「能登」のイメージとは、どうしても結びつきませんでした。
(「能登」=客車列車というだけでなく、489系=「特急電車」「白山」などのイメージが強過ぎたこともあります)
↑なお、「白山」の読みは「しらやま」ではありません……って、これは琴電ファンか沿線在住の方にしか通じないネタのようなw

また、「能登」には結局一度も乗らずに終わりましたが、それの間合い運用の「ホームライナー」には日常的に乗っていまして、身近すぎたせいもあってか、写真はほとんど撮っていませんでした。
ただ、それでも何回か撮った記憶はあったので、少し探してみたらいちおう発掘できましたので、以下にそれを掲載しておきます。

2007.03.15 2151 久喜
2007.03.15 21:51 久喜 「ホームライナー古河3号」

2007.03.15 2145 モハ489-2
2007.03.15 21:45 モハ489-2
これは「ホームライナー」車内での撮影ですが、この列車は当然、旅行に使うような列車ではないので、車内の撮影はけっこう抵抗がありました(汗)
なお、普段はグリーン車に乗ることが多かったのですが、追加料金たった500円で特急グリーン車、しかも489系のそれに乗れるというのは、格安かつ格別の贅沢でありました♪
…個人的には、「能登」の廃止で最も痛いのは、「ホームライナー」で489系に乗れなくなることでした(笑)

2009.12.26 0003 大宮 能登2
2009.12.26 00:03 大宮 「能登」
この日は帰りが遅かったので、たまたま見かけた「能登」をなんとなく撮ったようですが、これが自分にとって最後の「能登」撮影となったようです。
それにしても、このときは編成後部とはいえ、撮影者の姿を全く見ませんでしたので、末期の様相とはまるで別の列車の如しでしたが、夜行列車にふさわしい、静かな雰囲気で撮れたのはよかったと思います。


この記事を書き始める前は、最末期の「能登」などの写真を数枚載せるだけの軽め記事のつもりだったのですが、書いてるうちに、「能登」という愛称から連想されるものがあふれて止まらなくなり、結局このような、よくわからない記事になってしまいました(汗)
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