2010年5月22日(土) 大宮工場公開(3) 資料室その2…昔の客車の写真など

今回も引き続き、大宮工場公開時の資料室についてですが、後半分として、客車の写真の写真(笑)などです。
2010.05.22 1050_18(1) 大宮工場 2010.05.22 1051_10(1) 大宮工場 スロ60 9
かなり古い話ばかりなので、興味のある方は少ないかと思いますが(汗)
写真を1枚追加しました(2010.12/21)

■関連記事
●2010年5月22日(土) 大宮工場公開(1) 展示車両など
●2010年5月22日(土) 大宮工場公開(2) 資料室その1…ヘッドマークなど
 

それでは引き続き、資料室の展示品の中から、個人的に興味深かったものを中心に掲載します。

2010.05.22 1059_30(1) 大宮工場
機関車のナンバープレートですが、とくに珍しいのは、米国製のDD12、試作ディーゼル機のDD90、元EF58の貨物機EF18あたりでしょうか?
ED27って、私鉄買収機?ということ以外、どんな機関車かすらわからなかったですが(汗)

上写真で切れてる部分の補足写真を追加しました(2010.12/21)
2010.05.22 1059_08(1) 大宮工場
一番左上は「3951」で、これも知らなかったのですが軽く検索してみると、碓氷峠で使用された蒸機、3950形のもののようです。


2010.05.22 1057_14(1) 大宮工場
輪芯の木型だそうですが、このようなものを原型として輪芯を作っていたとは存じませんでした。
ただ、『EF50形』はわかりますが、『EC4402』の意味は全くわからないです(汗)
部品番号か図面番号か何かでしょうか?
それと、EF50と言うと、戦前は優等列車などを牽引し、最後は東京-上野間で急行「十和田」(昭和31年11月改正前の「十和田」は東京-青森間の運行)を牽引した、英国製の輸入電機ですが…
これが輸入電機の輪芯の木型、ということは、この木型も英国製なのか、それとも木型の製作と輪芯の生産については国内で行われたのか、ちょっと謎です。


2010.05.22 1052_42(1) 大宮工場
こちらはマレー式蒸機、9850形の図面です。
他にも6760形(?)や、C50、C53などの図面がありましたが、ショーケースの中なので、ページをめくることはできないです(笑)



以下は、客車の古い写真を撮ったものです。
(たぶん、これらを撮ってたのは自分くらいのよーな気もしますが…w)

2010.05.22 1050_46(1) 大宮工場
当方がそこそこ知識があるのは、国鉄(鉄道省)の鋼製客車なので、さすがにこのような木製客車の形式はわかりませんが、一等(座席か寝台)と食堂の合造車のようです。

2010.05.22 1050_52(1) 大宮工場
ショーケースの中の写真なので、角度が厳しいです…(笑)
それで、これは食堂車の車内ですが、写真の奥のほうに肘掛のないロングシートが見えていますので、二等座席(もしくは一等座席)と食堂の合造車と思われます。
(車体幅の狭かった頃は、一等車や二等車の腰掛としては主にロングシートが用いられていましたので)
ひょっとしたら、一つ前の写真と同じ車両でしょうか?


2010.05.22 1050_18(1) 大宮工場
こちらの写真の下には、『明治三十五年 大宮工場製造 寝台車』と記載されています。
後の鋼製二等寝台車、マロネ37300形(マロネ37→マロネ29)などと同じような、ロングシート状のツーリスト形寝台となっていますが、マロネ37300形にはない、寝台端部の肘掛が設けられているなど、ちょっと豪華な感じがしますので、製造時期のことも考えると、これは恐らく一等寝台と思われます。
また、これほどの設備なら、現在の24系B寝台車と比べても寝心地は劣らないのではないか、という気もします。
(もちろん、騒音や乗り心地については不明ですが)
それと、この頃の寝台車内部の写真は珍しい気がするので、拡大表示可能にしてます。


お次は、だいぶ時代が新しくなりまして……昭和10年代のものです。
2010.05.22 1054_18(1) 大宮工場
病客車スヘ32550形スへ32552です。
昭和5年に登場した特急「櫻」用の三等車スハ33900形(→スハ32550形)を、昭和12年に傷病兵輸送用の病客車に改造したものです。
その車内は、このようになっていました。
2010.05.22 1054_04(1) 大宮工場
畳敷きの内装は、後のスハ88(→スロ88)を始祖とする和式客車に通じるものがありますが、その用途は全く異なったものでした。
また、畳の上に設けられているのは、恐らく結核予防のための痰壺で、当時の一般的な客車で、通路に埋め込まれて設けられていたものの代わりに、畳の上に設置されたものと思われます。


2010.05.22 1053_58(1) 大宮工場
こちらも病客車ですが、二等座席との合造車、ナヘロフ21280形ナヘロフ21280です。
この形式については全然知らなかったですが、木製の二等車ナロフ21200形から昭和14年に改造されたそうです。
車掌室左側の扉は、病客車への改造時に設けられたものでしょうか?

その車内です。
2010.05.22 1054_12(1) 大宮工場
写真手前が病客車仕様の畳敷きで、奥が二等座席で、向かい合わせの固定腰掛(ボックスシート)が設けられています。
そういえば、大宮工場記事の初回で触れました、供奉車344号の二等座席は、おそらくこれの二等側と似たものだったのではないかと思います。
それもあって、この画像は拡大表示可能にしてます(笑)


次は、戦後の客車です。
2010.05.22 1051_10(1) 大宮工場 スロ60 9
昭和25年製の特別二等車スロ60形の、スロ60 9です。(これも拡大表示可能です)
この形式は二等車として初めてリクライニングシートを採用し、後のグリーン車の原形となった形式として名高く、「つばめ」「はと」で使用されたこともあって、1/150では以前からプラ完成品も模型化されてますので、在来形客車の優等車の中でもかなり有名な形式ではないかと思います。

それで、この写真は、床下の水槽の増設前なので登場当初の姿ということになりますが…
個人的に、これの配置区名標記を見て、ちょっと驚きました。
戦後製造の車両(昭和27年まで)だと、配置区標記が形式標記の左側に書かれてることが多いと、思ったのですが。
…大体こんな感じ↓で。
  東  スロ
 シナ 609

ただ、この写真を見ると、戦前と同じ、配置区が車体左下に書かれてる方式になっています。
戦前方式と上記戦後方式の標記が数年間混在していたことは知っていましたが、昭和25年落成車で、この標記方式の車両が存在するとは意外でした(汗)
それで、改めて手元の資料を軽く見返してみると、「オハ35形の一族(中)」P12のマイネ40 13 東シナ(撮影年月不明、台車形式から昭和24年秋以前)と、P18のマイネ41 8 東シナ(昭和25年4月)は戦前方式となっていましたが、やはり割合的にはこの方式の車両は少ないように思えます。
それにしても……この年代の列車を模型化しようとしたら、ますます考証が大変という気がしてきました…(笑)
個人的にはこの頃だと、昭和26年頃の、マイネ40連結時代の「みちのく」をそのうち作りたいと思っているのですが…w

ところで、このスロ60 9の配置区標記は「東シナ」品川客車区となっていますが…
「鉄道ピクトリアル2001年5月号」(特集 60系鋼体化客車(Ⅰ))の車歴表では、スロ60 9は大宮工場で昭和25年3月に落成後、宮原(大ミハソ)に配置となっていて、写真と食い違っています(笑)
前述の通り、写真は水槽増設前(水槽は「つばめ」運用開始後、昭和25年中に増設)なので、登場当初ということは間違いないのですが。
「つばめ」のスロ60連結開始は昭和25年4月10日からですが、「レイル81年秋号」P32の編成記録では、昭和25年5月17日の10レ「つばめ」、昭和26年7月7日の1レ「つばめ」にスロ60 9が組み込まれているので、鉄道ピクトリアルの誤記というわけでもなさそうで、当初は現車に「東シナ」と標記されていて(何かの手違い?)、後に「大ミハソ」に書き変えた、ということになりそうです。
書類上、「東シナ」落成配置の車両が、実際には「東オク」に配置されてた、というような例は知っていますが、書類上「大ミハソ」落成配置で、実際の運用も「大ミハソ」(つばめ)、しかし現車の当初の標記は「東シナ」、なんていう事例もあったのですね。なんてややこしい…(笑)

2010.05.22 1051_16(1) 大宮工場 スロ60 9
こちらは、同じくスロ60の出入台付近ですが、等級表示灯の「特別2等」の文字が輝かしいです。
また、この形態の等級表示灯と大窓の木製扉は、スロ60だけでなく、同時期に登場の優等車マイネ41・マロネ39・スロ50にも共通した特徴でした。
それにしても、以前載せた、佐久間レールパークスニ30の2位側の扉は、取手の位置以外、やはりこの扉とそっくりです(笑)


以上の他に、客車の写真としてはスハ32丸屋根車のものが2枚、それとオハネ14 700番台「カルテット」車内、JR化後の車両の製作工程の写真(たぶんジョイフルトレインと「カシオペア」)があったと思いますが、それらはほとんど撮ってないです。
ところで、ここに掲載した客車の写真は貴重なものだと思うのですが、何の説明もなしにただ展示されていただけだったので、ごく一部の人にしか、その意義が伝わらないのでは、なんて思ってしまいました(汗)
そんなこともあって、ここでは軽く(?)、説明とは言えないような駄文を連ねてみたのでした。
(スロ60については、説明からの脱線が激しくなってしまいましたがw)


…というわけで、たぶんこのブログ以外ではほとんど触れてなさそうな(?)、大宮工場資料室についてでした(笑)
大宮工場公開について、残るはEF80関係の話だけですが、他にも載せたい記事があるので、EF80についてはちょっと(?)先になると思います。
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非公開コメント

ED27は元南武鉄道の買収機です

ありがとうございます。

国鉄制式機についてなら、ある程度知識はあるのですが、私鉄の車両や買収機については疎いもので、あのような書き方になってしまいました。
今更ながら、ED27で軽く検索してみまして、1~2と11~14の全く異なる2つのタイプが存在するということも初めて知ったという有様ですが、後者が元南武鉄道の買収機なのですね。

既にご存知かも知れませんが…

こんにちは。お久しぶりです。
3年程前の古い記事にコメントで申し訳ありません。

スロ60の形式・車番の車体表記の件ですが、鉄道ピクトリアル2014年1月号(「特集 客車の時代」の見出しで買ってしまった(笑))P19から始まる「国鉄旧型客車外観・塗色・表記等主要変更点年表」によりますと、常備駅記号が車番と併記されるようになったのは昭和25年10月の改正からだそうです。

即ち、このスロ60が新製された時はギリギリ改正前であったのではと推測できます。

全然関係無いですが、キングスホビーの完全閉店は非常に残念です。
地元の「れーるぎゃらりーろっこう」で出来るだけ買いましたが、自分が買う前にオークションで転売されてしまった様子なのは歯がゆいです…。(何とか富士だけは揃えました)
編成表が欲しい(涙)

長文失礼しました。

ありがとうございます。

お久しぶりです。コメントありがとうございます。
古い記事でもコメント歓迎です。
(こちらも暁虎さんのブログにコメントしようか考えつつ、腰の重さゆえ結局できずに終わり、申し訳ないです)

鉄道ピクトリアル2014年1月号は当方も文句なしに購入しましたが、資料価値の高い内容でしたね。
『常備駅記号が車番と併記されるようになったのは昭和25年10月の改正から』とのことで、このスロ60の標記は、規定上はむしろ正しかったということになりそうですね。
ただ、配置区が車番と併記された標記は、特急「へいわ」運転開始間もない頃(昭和24年)、編成全車がこの標記だった写真が残されているなど、規定よりもかなり前倒しで使用されていたので、実際の使用開始時期も知りたいところです(笑)

(以下、諸事情で消去しました)
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当初は琴電旧型車主体でしたが、近年はヒサシ付EF81、「カシオペア」、C61/D51+在来形客車、秩父C58、EH500一次形、銚子電鉄などが多めです。
(過去記事は琴電旧型、秩父小豆1002F、「北斗星」、「あけぼの」等多め)
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