2011年4月27日(水) C61 20 試運転時の在来形客車 両側面写真と…無駄に長い戯言(汗)

前回は、C61 20+在来形客車の編成写真を掲載しましたが、今回は客車の両側面写真と、またしても無駄に長すぎる自己満足駄文です(笑)
2011.04.27 1124_22(1) 津久田~岩本 オハニ36 11
※今回はほとんどが資料的な写真にすぎないので、容量節約のため通常の縦横比と違うものが多くなっています。
●写真は、クリックすると倍のサイズで表示されます。
 

■スハフ32 2357
●非公式側
2011.04.27 1030_02(1) 八木原~渋川 スハフ32 2357
狭窓が特徴のスハ32形の緩急車版で、このスハフ32 2357は1938年12月製造とのことですので、車齢は72年余…。
動態保存の三等車としては最古参ですが、客車全体としては、JR西日本の一等展望車マイテ49が1938年9月製造ということで、これのほうがわずかに古いということになります。
スハフ32と、1939年から製造開始のオハフ33形との違いは、基本的に客室窓が狭窓か広窓かの違いだけですが、このスハフ32のほうが断然古めかしく見えます。他の動態保存客車とは大きく異なる雰囲気は魅力ですが、現役時代にこの車両よりも新しい客車が無数に存在した中で、よくこの車両が在来形客車の最末期まで残されたものと思います。
とくに保存的な意図がなければ、スハフ32と、近代化改造されたスハフ42のどちらを廃車にするか、ということになれば、普通は前者が廃車になりそうですが、古い車両が先に廃車になるとは限らない、というのも興味深く感じます。
ともあれ、結果として、動態保存車唯一の狭窓三等車が残されたわけで、喜ばしいことです。
そして、そのような古参客車にも近年、デジタル無線アンテナが追加されたばかりか、ついに乗降扉の半自動化が行われ、外観的には戸閉め表示灯が設置されることになりました(笑)
外観的には多少?崩れることになりましたが、これで今後の活躍機会が増えるのなら、個人的には歓迎したいと思います。
(欲を言えば、デジタル無線アンテナは車掌室側妻面ではなく、反対側の妻面に設置してほしかったですが…(笑))

●公式側
2011.04.27 1124_14(3) 津久田~岩本 スハフ32 2357
スハ32形やスハフ32形は、近代化改造の対象外だったこともあって、ニス塗りの内装で残ることになりましたが、客室の照明は蛍光灯化されていました。
(今回の整備で、変化があったのかについては存じませんが)
また、この形式としては珍しく、便所・洗面所窓枠が更新されていることや、床下の蓄電池箱が、戦前の客車や北海道の在来形客車と同じ、大型のものとなっている点はスハフ32 2357の特徴と思います。



■オハ47 2266
●非公式側
2011.04.27 1030_02(2) 八木原~渋川 オハ47 2266
オハ47形は、1951~1954年製の三等車スハ43形のTR47台車をオハネ17形に流用するため、TR23台車に取り替えられて登場した形式で、この改造は1961~1969年に行われました。
改造の目的はオハネ17形の乗り心地向上だったため、オハ47形は必然的に改造前より乗り心地が低下することになりましたが、重量は軽減され、重量制限が厳しい信越本線などの線区では使いやすい形式となりました。

…個人的には、TR47台車のどっしりした乗り心地が好きなので、乗るならスハフ42のほうが当たりですが(笑)
なお、オハ47の各車は、戸閉め表示灯の設置だけでなく、便所・洗面所の流し管が撤去されています。
(乗降扉の下に汚物タンクを設置しているようにも見えます)

●公式側
2011.04.27 1124_14(4) 津久田~岩本 オハ47 2266
この車両の乗降扉は、珍しく?全てHゴム窓小で統一されています。



■オハ47 2261
●非公式側
2011.04.27 1030_04(2) 八木原~渋川 オハ47 2261
この車両の便所・洗面所窓枠は原形のままで、乗降扉は前位(上写真で右側)がHゴム窓小、後位がHゴム窓大となっています。

●公式側
2011.04.27 1124_16(2) 津久田~岩本 オハ47 2261
洗面所窓ガラスが白色ではなく、透明か半透明?のものになっています。



■オハ47 2246
●非公式側
2011.04.27 1030_06(1) 八木原~渋川 オハ47 2246
この車両の乗降扉には、二段のHゴム支持窓のものが用いられてますが、それは写真の1箇所のみで、他の3箇所はHゴム窓大となっています。

●公式側
2011.04.27 1124_16(3) 津久田~岩本 オハ47 2246
洗面所窓枠の形状は、近代化改造の時期によって異なるようですが、3両のオハ47で全車が異なる形態となっています。



■オハニ36 11
●公式側
2011.04.27 1030_06(2) 八木原~渋川 オハニ36 11
ニス塗り・白熱灯の車内で現役時代末期から今に至るまで人気の車両です。
乗るならこれが大当たり、というのが客車好きの方の共通認識ではないかと思います(笑)
この車両がかつて、東京-九州間特急で使用されていた、ということがどの程度知られてるのか、個人的に気になるところですが。
(それについては下の長文で触れてます)

●非公式側
2011.04.27 1124_18(1) 津久田~岩本 オハニ36 11
客室窓枠のひとつの色が変わっているので、交換されたようです。

以下、いちおうこの車両とオハニ36形について、なんとなく説明?を。
1949年以降、ナハ22000形などの老朽化した木製客車を置き換えるため、それの台枠や台車などを利用して車体を新製する、60番代の形式を有する鋼体化客車が大量に製造されましたが、オハニ36形もその中の1つで、1955~1956年にオハニ63形として製造されました。
他の鋼体化三等車(オハ61形など)がシートピッチ1335ミリで木の背ずりという、木製客車と大差ない設備だったのに対して、この形式はスハ43形と同じ、シートピッチ1470ミリで、背ずりには段のあるモケットが付くなど、急行用としての設備を備えてました。ただし、台車については他の鋼体化客車と同じく、木製客車から流用のTR11台車で、乗り心地面ではスハ43形と大差がありました。
オハニ63形は乗り心地で劣るせいか、1956年11月に新設された特急「あさかぜ」には、戦前製で客室設備の大幅に劣るスハニ32形(オハ35形の三等荷物車版)が使用されましたが、その後間もなく、オハニ63形の台車を、当時最新の軽量客車(ナハ10形など)に準じたTR52台車に取替えたオハニ36形が登場し、同年12月に「あさかぜ」のスハニ32形はこれに置き換えられました。
オハニ36形は、鋼体化客車として登場しながら、実質的にスハ43形の三等荷物車版となって急行などで使用されましたが、軽量客車の三等荷物車版も製造されなかったため、その役割も担うことになり、軽量客車主体の編成となった特急「かもめ」「あさかぜ」「はやぶさ」「平和」の編成端にも連結されることになりました。
これらの列車に連結されたナハ11、ナハフ11と、オハニ36では座席寸法や座り心地的には大差なさそうですが、近代的な内装で、客室灯に蛍光灯を備えるナハ11と、ニス塗りの内装に白熱灯のオハニ36では、見た目の印象としては差が大きいようにも思えます。
(実際、スハ43などでは1960年代以降、この差を少なくするための近代化改造を行っています)
しかし、「かもめ」に使われた両形式を較べると、ナハ11はアルミサッシの隙間からシンダ(石炭の燃え殻)が侵入したのに対して、オハニ36の木製窓枠ではそのようなことがなかったという話もあり、意外と(?)オハニ36のほうが勝っていた面もあるようです。
(後年の老朽化した軽量客車については、スハ43などのほうが断然よかった、という類の話はよく目にしますが。実際、ナハ11などの東北方面の急行運用からの撤退は早く、在来形の普通車で最後まで残ったのはスハ43などの半鋼製車でした。代替のきかない寝台車については、軽量客車が最後まで使用されましたが)

そして、このオハニ36 11ですが。
この車両は1955年12月に鋼体化客車オハニ63 11として登場し、紀伊田辺に配置されて紀勢線方面で使用されましたが、1958年1月にはTR52台車に取替えられて乗り心地を改善して現形式のオハニ36 11となって品川に配置となり、特急「あさかぜ」「はやぶさ」「平和」で使用されました。


…説明的なことはこのくらいにしまして(笑)
この車両は、現役時代末期に山陰線で行商人用として使用されていたことで有名だと思いますが、個人的には何といっても、オハニ36への改造後、九州特急で運用された客車としての印象が非常に強いです。
ただ、雑誌の客車特集でオハニ36 11が取り上げられても、なぜかそのことに触れてないものが多くて、個人的にはひそかに不満です(笑)
(このオハニ36 11が連結された「はやぶさ」?の編成記録をどこかで見たと思うのですが、どこに載っていたか失念しましたorz)

ところで、C61 20が大宮での構内試運転開始後、「はやぶさ」のヘッドマークを付けて展示されて、写真でそれを目にして感慨を抱いたものですが、せっかくなら、このオハニ36 11もC61 20に連結すればよかったのでは…なんて思ったものです。
なにしろ、オハニ36 11はかつて本当に「はやぶさ」で使用された「本物」ですので(笑)
(なお、大井川に保存のオハニ36 7のほうは、特急運用はされてなかったと思われます)



(以下、今回の試運転とはほとんど無関係な話です(汗))
…余談ですが、在来形客車時代の「はやぶさ」に使用されていた可能性の高い客車は、他にも静態保存で現存しています。
(括弧内が「はやぶさ」連結当時の形式)
●碓氷峠鉄道文化むら  マイネ40 11(マロネ40 11)、オハネ12 29(ナハネ11 29)、ナハフ11 1
●リニア・鉄道館  マイネ40 7(マロネ40 7)

いずれも昭和33年10月の時点で品川に配置されていた車両で、マロネ40については12両配置の全車が「はやぶさ」「平和」用でした。(「はやぶさ」「平和」は共通編成で運用、9両使用3両予備)
また、ナハネ11は品川に32両配置で「はやぶさ」「平和」だけで26両使用、これだと予備車は6両となるので、こちらも恐らく全車が「はやぶさ」「平和」用だったと思われます。
ちなみに、雑誌の編成記録を軽く確認したところ、マロネ40 7・11、ナハフ11 1は「あさかぜ」での使用は確認できました。

なお、在来形客車当時の「はやぶさ」の編成は、下記の通りでした。
■1958年10月~1960年7月 特急「はやぶさ」 9・10レ (特記以外は東京-鹿児島間)
1 オハニ36
2 マロネ40 東京-博多
3 マロネ40
4 スロ54
5 オシ17
6 ナハネ11
7 ナハネ11
8 ナハフ11
9 ナハネ11 東京-博多
10 ナハネ11 東京-博多
11 ナハネ11 東京-博多
12 ナハネ11 東京-博多
13 ナハフ11 東京-博多


食堂車オシ17については、「はやぶさ」で使用されたグループは現存しないものの、この形式の保存車は碓氷峠鉄道文化むらに現存するので、在来形客車時代の「はやぶさ」編成で現存しない形式はスロ54だけということになります。
そんなわけで、JR東と、碓氷峠鉄道文化むらに保存の車両だけで、下記のような「プチはやぶさ」?は実現できるのですが……(笑)
1 オハニ36 11
3 マイネ40 11(マロネ40 11)
5 オシ17 2055
6 オハネ12 29(ナハネ11 29)
8 ナハフ11 1


塗色の変更は必要になりますが、このうち4両が、本当にかつての「はやぶさ」で使われた、もしくは可能性が高いという…(笑)
あとはスロ54とナハネ11が1両ずつあれば、博多-鹿児島間の編成になるのですが、さすがにどうにもならないので、ナハネ11は1両で諦めて、スロ54は…オハ47に青帯を入れて二等車っぽく見せてお茶を濁しましょうか…(爆)
余剰の三等車でもあれば、オロ61みたいに格上げ改造してしまってもいいかもしれませんが…(をい)
…って、果てしなく無意味な妄想をしてしまいましたw
個人的には、こんな感じの編成にC61を連結して展示するだけでも感激ものなのですが…w


…以下に、なんとなく各車の写真を載せておきますw

■オハニ36 11
2011.04.27 1124_22(1) 津久田~岩本 オハニ36 11
2011.04.27 11:24 津久田~岩本 オハニ36 11
…無線アンテナが目立つなぁ…(笑)
とはいえ、かつての「あさかぜ」「はやぶさ」などで使用された車両そのものを今でも見れて、運がよければ乗ることもできる、というのは大変喜ばしいことと思います♪
当方の場合、1996年10月の「レトロトレインときわ」で、フリースペースとして開放されていたときに一度乗れたきりですが、いずれまた乗ってみたいものです。


■マイネ40 11 (マイネ40 11→マロネ40 11)
2009.09.19 1121_11(1) 碓氷峠鉄道文化むら マイネ40 11
2009.09.19 碓氷峠鉄道文化むら マイネ40 11
2人用区分室3室と、プルマン式の開放寝台を備える一等寝台車で、個人的に最も好きな客車の一つですが、過去の記事に色々書きましたので↓、ここではあまり触れないでおきます。
●2009年10月17日(土) 佐久間レールパーク訪問(2) 保存車両(営業用客車)
なお、「はやぶさ」で使用の頃の形式はマロネ40となり、等級帯は青1号になります。

■オシ17 2055
2009.09.19 1124_00(1) 碓氷峠鉄道文化むら オシ17 2055
2009.09.19 碓氷峠鉄道文化むら オシ17 2055
教習車に改造後の形態のままなので、個人的には食堂車に復元してほしいと思います。
前回記事で書いたこととは矛盾しますがw


■オハネ12 29 (ナハネ11 29→オハネ12 29)
2009.09.19 1131_36(1) 碓氷峠鉄道文化むら オハネ12 29
2009.09.19 碓氷峠鉄道文化むら オハネ12 29
「はやぶさ」で使用の頃は、冷房改造前のナハネ11でした。
また、その当時の客車の車体色はぶどう色1号でした。(1959年7月以降、順次ぶどう色2号に変更)


■ナハフ11 1
2009.09.19 1148_27(1) 碓氷峠鉄道文化むら ナハフ11 1
2009.09.19 碓氷峠鉄道文化むら ナハフ11 1

これらの写真を撮ったときは、時間の制約があったことと、マイネ40の外観とオハネ12の車内にばかり気をとられたことで、他の車両は何気なく見てしまいましたが、マイネ40だけでなく、オハネ12とナハフ11も特急運用されていた可能性が高く、もしかしたら同じ編成に組み込まれていた可能性もあったと思うと、今度再訪するときには、また違った感慨を抱くことになりそうです。



在来形客車について書き始めると、止まらなくなりそう…とは思ってましたが、今回もまた止まらなくなりました(笑)
各車の配置履歴などを調べ始めると、さらに止まらなくなりそうなので、それはやめておきましたが、いずれやってみたい気もしますw
また、碓氷峠鉄道文化むらの保存客車についても、もっと詳しく載せたいとは思いますが、他に載せたいものがありすぎるので、なかなか難しそうです。

…長くなってるので、このあたりでそろそろ終わっておきます(笑)
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