惜別 急行「銀河」 (1)夜の大阪駅に佇む「銀河」

…先に告知していました通り、物凄くありふれたネタです(笑)

とはいえ、「銀河」には深い思い入れがありますので、これの廃止について触れないわけにはいかなかったのであります。
今回と次回で、急行「銀河」の晩年の写真を掲載しようと思います。

 

先の、2008年3月15日ダイヤ改正では、多くの列車が姿を消しましたが、とりわけ寝台列車は、「北斗星」「日本海」各1往復削減、「なは・あかつき」廃止、そして今回取り上げる「銀河」廃止と、大なたが振られ、寝台列車・客車列車愛好家にとっては辛い改正となりました…。
しかし、さらに来年の3月改正では東京発の唯一の寝台客車列車「富士・はやぶさ」の廃止が予定されていますし、その他の寝台列車も新幹線の延伸などで廃止になる可能性が高いように思われ、数年後に残るのは「トワイライトエクスプレス」「カシオペア」「サンライズ瀬戸・出雲」だけになっているかも…という気すらします(T T)

…話が脱線しましたが、急行「銀河」に話を戻します。
急行「銀河」は、1949年9月15日、東京-神戸間急行15・16列車に「銀河」と命名されて登場しましたが、これは急行としては初めて愛称が付けられた列車で、以来、59年間の長きにわたって、東海道の夜を往来し続けてきましたが、その長い旅路にも、遂にピリオドが打たれたわけです。

ところで、国内で最古の列車名は、1929年に命名され、現在も東京-大分間の寝台特急として残る「富士」ということになりますが、これは戦時中に廃止となってから戦後に復活するまでの中断期間が長く、また、戦前と戦後では列車の使命や運転系統などが異なるため、列車としての歴史が古いとは言い難いと思います。
(「つばめ」についても同じようなことが言えると思います)
それに対して「銀河」は、運転区間は若干変更されたものの、登場以来東海道本線の夜行急行として、長きにわたって同じ使命を担い続けてきましたから、最も歴史の古い列車と言うのにふさわしいのは「銀河」だったように思います。
(ちなみに、今後は、1950年11月に命名された「日本海」「北陸」が現存最古の列車ということになると思います)

…そのような、長い歴史を秘めた列車だっただけに、なおさら「銀河」の廃止は残念でなりません。
もちろん、そういう面だけでなく、実用の列車として見ても大変便利でしたので、当方は1998年に初めて乗車して以来、計19回(ロネ7回、ハネ13回)乗車しましたが、これに代わる快適な移動手段が存在しませんので、今後関西方面に行くにはどうすればいいのかと頭を抱えてしまいます…。
一度、「北陸」+「雷鳥」で大阪に行ったことがありますが、これが今後、当方にとっての標準ルートになってしまうかも…(爆)

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…などと、駄文を書いているとキリがありませんので、そろそろ晩年の「銀河」の写真を掲載していきます。
今回掲載のものは、いずれも「銀河」乗車の際に撮影した、夜の写真です。
最初と最後の各1枚以外は大阪駅で撮影したものですが……この駅に「銀河」が入線してから発車までの時間が7分程度しかなく、乗車前に撮影するのはなかなか困難でありました(笑)


まずは、「銀河」のテールマークです。 

2007.11.20 オハネフ25 47 東京
下り「銀河」の最後部のテールマークですが、このデザインは「銀河」という愛称ともども、夜行列車にふさわしく素晴らしいものでした…。
欲を言えば、これと同じようなデザインか、もしくは「銀河」登場から間もない頃、編成最後部に付けられた電照式テールマークと同じデザインのヘッドマークが、機関車にも取り付けられていれば最高だったのですが…。

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次は、機関車主体の編成写真などです。

2006.11.30 大阪 EF65 1115
「銀河」は、最後までヘッドマークが付きませんでしたが、EF65牽引でヘッドマークなしの寝台列車というのは、定期列車では「銀河」しかなかったと思われますので、このことが逆に「銀河」の特徴だったとも言えますし、寝台特急と変わりない編成の中で唯一、急行らしさを漂わせていた部分でもありました。

この日で、大阪駅における「銀河」撮影は4回目でしたが、最初の2回で三脚なしで撮って失敗したため、それ以降はなるべく三脚を使用しています。
(前述の通り停車時間があまりなく、三脚を使うとなおさら大変なのですがw)

上の写真については、もう少し後ろに下がって撮りたかったところですが…

2006.11.30 大阪 EF65 1133、EF65 1115
なぜかEF65 1133が止まっていて、上写真よりもいい角度で撮ることはできませんでした。
(鉄道マニア対策…?w)


2006.12.07 大阪 EF65 1115
…この日は、さほど機関車に妨害?されなかったようですが、正面が暗くなっていたのが残念なところです。
ちなみに、このときは二週連続で「銀河」に乗車していましたw


2007.02.22 大阪 EF65 1114
…この日は、機関車に完全に妨害?され、編成写真は撮れませんでした。
まぁ、EF65の形式写真(と言うには距離が近すぎて辛いですが…)を撮ったことはほとんどありませんので、これはこれで撮っておいてよかったとは思います。


2007.03.22 大阪 EF65 1114+オハネフ25 145
この日も、完全に妨害?されましたが、この11番線ホームは、その後間もなく使用されなくなりましたので、これがこの側からの最後の撮影となりました。


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続いて、客車の写真です。
本当は、編成の全車を三脚使用で撮れれば理想ですが、そのようなことをしている時間は全くありませんでしたので、実際には機関車付近の客車を1両撮る程度か、三脚未使用で数両を撮るのが精一杯でした。
その中から、わりとまともに撮れているものを掲載してみます。
(ただし、携帯電話に保存していた編成記録が消失したため、各車の番号は不明です)

2006.08.31 オロネ24
「銀河」1号車の開放A寝台車、オロネ24です。
「銀河」の編成は、個室寝台車のない開放寝台車のみの編成で、1986年11月の24系客車化以降、減車などの細かい変更はありましたが、使用形式について廃止までの20年あまりの間、基本的に変化がありませんでした。その分、国鉄時代の名残をよく留めていたとも言えます。
そして、それは、かつての標準形A寝台車である、開放A寝台を備えるオロネ24が連結されていたことで、より往年の寝台列車らしさが強まっていたように思います。
ちなみに、「銀河」には、登場当初から開放A寝台(当時の呼称は一等寝台開放室)を備えた形式が連結されていました(マイネ40→マロネ40 半室は2人用区分室×2~3)。
以後、使用形式は幾度か変更されたものの、開放A寝台車は連結され続け、1986年11月の24系化の際にも、写真のオロネ24が連結されました。
このときには、B寝台がそれまでの3段寝台から2段寝台となったため、A寝台とB寝台のいずれも2段寝台となって格差は小さいものになり、一部(?)では「A寝台とB寝台に値段ほどの差がない」などと言われ続けましたが、結局最後の日まで、「銀河」の開放A寝台車連結の伝統(?)は守られました。

さて。この日は三脚未使用で、しかもデジカメも置換え前のものでしたので、まともに撮ることはできませんでした。
掲載した写真は、このサイズでもボケているのがわかりますが、この日に撮ったものとしては、これでもマシなほうです(笑)
(これでも補整しまくっていますw)
…しかし、オロネ24とカニ24、それに後部からの編成写真は、三脚使用で撮っておきたかったですが、なぜか一度も撮らずに終わってしまいました…(愚)


2006.08.31 オハネ25
晩年の「銀河」編成のうち、4両を占める(9両編成の場合)B寝台車オハネ25です。
当方が初めて乗車した1998年頃の「銀河」では、B寝台車の大部分もしくは全てが、寝台側の窓の大きい0番台車となっていましたが、晩年は他の寝台列車の淘汰が進んだためか、寝台側の窓が横長の100番台車(写真の車両)主体の編成となっていました。
ですので、乗車の際に0番台車に当たると「運がいい」と思ったものです(笑)

ちなみに、個人的には今でも、24系時代の「銀河」と言えば、真っ先に0番台車で揃った編成をイメージしてしまいます。
(…さらに、単に「銀河」と言われたら、マイネ40・マイネ41・スロネ30などを組み込んでいた、1950年代の「銀河」を想像してしまいますが(爆))


2006.11.03 オハネフ25
珍しく、乗車ホーム側から三脚使用で撮った写真のようです。
写真には人影が見えず、ある意味夜行列車らしい?静かな雰囲気が感じられますが、この写真を撮った当時、「銀河」最末期の喧騒など、とても想像できませんでした(笑)


2006.12.07 オハネ25


2007.02.22 大阪 オハネフ25
「銀河」の客車は、同じダイヤ改正で廃止となった「なは」の客車とは全く異なり、内外共に最後まで美しい状態が保たれて、これらが車齢30年以上の車両であることは感じられませんでした。
さすがは、かつて特急「つばめ」や東海道夜行急行の大部分を担当していた名門、宮原客車区受持ちの列車だけあります。
(…今は「宮原客車区」とは違う言い方だったような気もしますがw)


2007.05.05 大阪 カニ24
このときには、すでに大阪駅11番線ホームの使用が中止され、「銀河」の編成写真や形式写真撮影は不可能となりました。



2006.12.07 オハネ25 160 車内 新大阪
渋い緑色のモケットのB寝台車は、戦前製一等寝台車のオリーブグリーンのモケットを思わせ、なかなかいい雰囲気でした。
(もちろん、こんなことを書いていても、戦前製一等寝台車の車内など、白黒写真や、イラストでしか見たことはありませんがw)

廃止公表前の平日の「銀河」の乗車率はお世辞にも高いとは言えず、5号車あたりを指定すれば、1両に5人以下ということがほとんどで、当方の貸切車になってしまった日もありました(爆)


…ちなみに、これらの大阪・新大阪での写真は全て、琴電訪問の帰途のものです(笑)
2006年8月以降、琴電訪問の帰りには、主に「銀河」を使用していましたが、その主な理由は以下の通りです。
●他の手段の難点
・新幹線ではつまらないし、新幹線普通車では結構疲れる。
・サンライズ瀬戸は個室利用なら快適なものの、新型電車なのでやや味気ない。
 また、東京着が遅く、翌朝に仕事が控えている場合は朝がややせわしくなる。
 それと、ダイヤにあまり余裕がないせいか、「銀河」よりも遅れの出る確率が高い。
 (熱海から新幹線に乗り換えたこともあります…)
・夜行バスは満足に眠れないので、翌朝仕事の場合はもってのほか(笑)
●「銀河」の利点
・24系客車なので、いかにも寝台列車らしい風情がある(笑)
・バスと違って熟睡できるので、夜更かししなければ翌朝仕事でも問題ない。
・夜間に運転停車があるので、多少遅れが出ても大抵それで吸収でき、他の夜行列車と比べて
 遅れの出る確率が低い。
 (実際、19回の乗車で、目立った遅れが出たのは最後に乗車した1回だけで、寝台列車としては
 最も信用の置ける列車でした)
・東京着が7時前と早いので、仕事に行く前に帰宅して一休みすることができる。

……ということで、「銀河」を利用することが多かったわけです。
これで、料金がもっと安ければなお良かったのですが。

ところで、よく、「銀河」(または寝台列車そのもの)が時代遅れの存在のように言われていましたが、個人的には、列車の設備自体が時代遅れになっているとまでは思いません。
「銀河」の24系客車は、確かに車齢30年以上の古い車両を使用していましたが、内外共に目立った痛みは感じられず、また、乗ったら寝るだけの「銀河」用として見れば十分な設備が備わっていたと思いますし、その快適製は、東京-大阪間の他のいずれの交通機関よりも勝っていたと思います。
B寝台ですら、新幹線のグリーン車と比べても遥かに快適でしたし。

とはいえ、晩年の「銀河」の利用率が低迷していたのは、実際に利用したときの経験から考えても間違いないと思われますが、そのようになった理由は色々はあるでしょうけど、最も大きい要因は、やはり高額な料金だったと思います。
…結局、時代遅れになっていたのは、「銀河」の設備ではなく、料金のほうだったということではないかと…。
JR東日本の路線(もしくは全区間JR東日本)を主に走行する「あけぼの」「北陸」や「北斗星」は乗車率が比較的高いようですが、これらの列車には割引率の高い切符が用意されていることも、大きな要因となっていると思います。
しかし、「銀河」には割引切符の類は何も存在せず、B寝台利用でも新幹線「のぞみ」指定席より高額でしたので、敬遠されるのも無理はないと感じてしまいます。
…割引切符の類が設定されなかったのは、東と西の間の某社の思惑…という話も見聞きしますが、そのへんの話に触れはじめると、またキリがなくなってしまいますので、このへんにしておきます(笑)

詰まるところ、1987年にあのような形で国鉄の分割民営化されたことで、寝台列車の行く末がほぼ決まってしまっていたのかもしれません…orz


…話があらぬほうに脱線しまくってしまいましたが、いまさらこのようなことを書いても何の意味もないのはわかっているのに、ついぐだぐだ書いてしまいました(爆)

次回は、最末期の「銀河」の様子などを掲載の予定です。
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No title

こんばんわ。過去の記事でごめんなさい。
銀河には良く乗られていたそうですね。
2004年ごろに私も一度乗りまして、その銀河を再現しようと考えているのですが、当時のハネの0、100番台の比率はどれくらいだと感じました?
あさかぜ廃止前なので増結時でハネフが2両とまでは分かったんですが…。
個人的な感覚でいいので教えていただけませんか。

中途半端な回答ですが(汗)

このような過去の記事までご覧頂き、ありがとうございます。
ご質問の件は、暁虎さんのブログでも拝見していたので、コメントさせていただこうかとも思ったのですが、2004年頃にはあまり乗ってなかったのと、時間があまりとれなかったため、控えておりました。

ただ、過去の写真等を捜索しましたところ、極めて中途半端ながら、2004年6月14日発の下り銀河の記録(番号を携帯で撮ったもの)が出てきましたので、記しておきます。
 EF65(番号不明)
 カニ24(番号不明)
 オロネ24 103
 オハネ25 164
 オハネ25 191
 オハネ25 160
 オハネ25 176
 オハネフ25 132

以上です。
1990年代の銀河は、0番代主体で100番代は1両入るかどうかといった感じで、末期の銀河(その頃に最もよく乗りました)は逆に、0番代が0~2両程度だったかと思いますが、2004年6月の時点でも100番代のみの編成が見られたというのは、少し意外な感じもしました。(もう1本の編成の組成は不明ですが)

当方は、客車好きではありますが、どちらかというと在来形が専門分野で、固定編成客車については知識は少なめでして、これ以上のことはわかりかねます(汗)
ただ、当ブログからも勝手にリンクさせて頂いてる「客車列車の旅」http://homepage3.nifty.com/jnrpc/の掲示板http://425.teacup.com/ytrain/bbsで質問されれば、より明快な回答が得られるかと思います。そちらには、客車の編成記録をライフワークにされてて、近年の客車運用について非常に詳しい方も来られてますので、24系の比率はもちろん、暁虎さんの乗車日に近い時期の編成記録も期待できるかもしれません。

ありがとうございます。

どうも、ご丁寧に回答くださってありがとうございます。
下関の客車が入ってくる前から100番台オンリーの編成があったのですね。少し意外です。
カニ24も100番台だったらなんて思ってしまいます。(確率的には高そうですが。)
「客車列車の旅」の掲示板にも近々様子を見つつ、質問に行こうかと思います。

在来型客車の妄想編成でこんなのはいかがでしょうか。以前から考えていたものですが。

マイテ39 11
マロネ40 11
マロネ40 7
スロシ38 9(スシ28の元番号のつもりですが間違っていたらごめんなさい。)
マロネフ59 1
マイテ49 2

と、まあ「サロンカーなにわ」風に仕立ててみました。
各車の「イ」か「ロ」かは迷ったのですがイに統一するとマイロネフの「ロ」とスロシの「ロ」が仲間外れになるのでバランスを取ってこんな感じに。
両端もマロテにして青帯の統一感を持たせても良いかもしれませんが、やっぱり一等展望車は白帯が良いので。

長文失礼しました。

編成案、いいですね。

在来型客車の編成案、昭和30年代の外国要人用の特別列車にちょっと近い雰囲気もあって魅力的と感じます(そうした列車の場合、展望車は1両でしたが)。
また、両端展望車ですと編成の転向が不要になるので、運転しやすいのもメリットと言えるかもしれません(笑)

それで、個人的には、以下のようなことも考えたりしました。
マロネフ59は昭和30年7月の一等寝台廃止の際、冷房取付可能だったため、開放寝台側はBロネに分類されましたが、これはマイネ40・41と同じく、旧一等寝台相当の設備を有していたことになりますので、開放寝台側も白帯(クリーム帯)にしていいような気もします。
また、スロシ38 9(番号は合ってます)は現状のスシ28のままで等級帯なしとして、マロネ40の2両をマイネ40にすれば、食堂車以外の全車が白帯で統一されていいかも…なんてことも思いました。
もちろん、両端展望車白帯に、中間のロネ・ロが青帯というのも魅力的なので、どちらでもいいとは思いますが(笑)
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