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(主に)戦前の客車屋根関連の色について雑記

先日、ツイッターにて興味深い資料を見かけたので、その関連で書き連ねてみます。 

主な内容は……
・戦前の客車の通風器・二重屋根明り窓部は車体色のものが多い?(一部は鳶色の可能性も?)
・戦後の客車でも、通風器は車体色の可能性?
・戦時中?の木製客車で、通風器・明り窓部が明るい灰色のものが存在
・車体色のぶどう色2号への変更の頃から、明るい灰色の通風器が増加?
・長柱構造車の屋根肩部の色など

●6/28 まとめ的な文面など、一部追記等しました。 
●本記事は叩き台程度の内容ですので、後日、加筆修正等はすると思います。(6/30)
木製客車について触れるとややこしくなるので、なるべく触れない方向でしたが……
とりあえず、そのあたりで大きな穴があったような気もしてます……さてどう書くべきか(;´∀`)
 
 

https://twitter.com/nandaumanosuke2/status/992807513404788736 より
「見習工教科書 塗工  鉄道省工作局編纂 日本工業協会発行」 昭和17年第6版
※下記引用は、片仮名を平仮名で表記、旧字体は現行字体に書き換え

白亜鉛ペイント  帯線、天井、文字書 色彩ペイントを薄める
白鉛ペイント  主として下塗に用う
黒ペイント  客車下廻り 機関車、貨車 
鳶色ペイント  客貨車屋根其の他
暗紫ペイント  機関手室内部
ブドー色ペイント  客車外部塗
黄鉛ペイント  客車出入台 客室内金具
緑ペイント  優等車室内金具
群青ペイント  二等車帯線其他 

調合ペイントはその種類多く、名称も色々あります。
又同じ名称のペイントでも使用目的によって、その配合割合が違いますから
正確に言うには使用箇所による名称を用いなければなりません。
例えば天井下塗用白鉛ペイントというようなものです。

新製三等車の帯の塗粧に用うる赤ペイントは次のような配合に (以下略)



この中で、『鳶色ペイント  客貨車屋根其の他』と見えるのが注目されます。
鳶色となると、戦前などの私鉄電車で見られた、いわゆる鉛丹色に近そうな気もしますが、戦前の客車の通風器、二重屋根客車明り窓部など色調は現在の一般的イメージとはだいぶ異なる可能性もあるのかも、とも思えます。
(屋根布については恐らく塗料を塗ったりはしてないでしょうから、グレー系の色合いと思われますが)

ただ、この本で三等帯の赤にも触れられてますが、昭和17年の第6版より2年ほど前に三等赤帯が廃止済なので、初版はそれよりだいぶ前だったとも思われ、初版の時期が気になる所でもあります。
『1929年(昭和4年)の規定では客車外部色は、やや茶色味が増した深褐色へと変更された』※1 ので、その時期以降とも思えますが。


ところでこの、1929年3月11日規定 車両塗色及標記方式 で、
『客車の車体外部色は深褐色、台枠以下は黒色とす。但し車体両側の窓下に150㎜の幅を以って一等車は白色、二等車は青色、三等車は赤色に塗粧し』
とありますが。※2
通風器や、二重屋根客車の屋根明り窓部などの色について触れられてなさそうなのは不思議です。
落成時?の公式写真など(モノクロ)では、車体外部色と同色に見えるものもあり、そのために記載されてないのかもしれませんが。
ただ、車体色と違う色に見えるものもあり、そちらは、先に触れた鳶色という可能性もあるのかも。

20091017_佐久間レールパーク スニ36650形スニ36660→スニ30 95→スエ30 8
2009.10.17 佐久間レールパーク  スエ30 8 (スニ36650形スニ36660→スニ30 95→スエ30 8)
この車両は、屋根明り窓部が車体色で塗られていますが、落成時の写真では、同様の色合いに見えるものも少なくないように思えます。

以下、公式写真や出場後間もない頃など、汚れや退色の少ない鋼製客車の写真を見返してみました。 ※4

●明り窓部・通風器が車体色に近似、屋根布より明らかに暗め
オロ41700 日車 (→オロ30600→オロ30 1)
スロ30801 日車 (→スロ32 2→スハ37 1)
スロ34 8  (スロ30757 川車→スロ34 8) ※昭和27年以降の標記方式
スハ32753 新潟 (→スハ32 132)
スハフ34300 梅鉢 (→スハフ32 94)
マイロネフ37282 小倉 (→マイロネフ37 3→マロネフ38 3→マロネフ58 3)

●明り窓部・通風器が車体色に近似、屋根布より明らかに暗めなものの判別困難
オロ41711 日車 (→オロ30611→オロ31 10)
オハフ45557 日車 (→オハフ34057→オハフ30 57)
オハニ35500 汽支 (オハニ47200→オハニ35500→オハニ30 1)
マロネ48504 日車 (→マロネ37304→マロネ37 5→マハ47 5→スロハ38 1)
スイロフ30550 小倉 (→スイロフ30 1→スロフ34 1→スロハフ31 1→スハフ34 21)
スイテ37011? 大井 (→マイテ39 2→マイテ39 11→マロテ39 11)
マロネ37392 川車 (→マロネ37 86→マハ47 86→スロハ38 119)
マイシ37903 大宮 (→マロシ37903→マロシ37 4→マハ49 4→スハシ38 4)
スロフ31052 日支 (→オロフ32 3→オハフ52 3)  ※丸屋根
スロハ31521 田中 (→スロハ31 45)  ※丸屋根
スハフ34437 川車 (→スハフ32 136)  ※丸屋根
スハニ35727 日支 (→スハニ31 45)  ※丸屋根
マユニ36253 川車 (→マユニ31 4)  ※丸屋根
マニ36800 川車 (→マニ31 69)  ※丸屋根
マロネ37416 大井 (→マロネ37 109→マロネ29 103)  ※丸屋根
マロネロ37613 川車 (→マロネロ37 14→マハ47 149→マハ29 159)  ※丸屋根
スロシ38010 小倉 (→スロシ38 16→マハ49 21)  ※丸屋根
スシ37816 川車 (→スシ37 74→スハ48 29→スシ48 16)  ※丸屋根
スハニ35781 (→スハニ32 )  ※丸屋根
スイテ37040 大井 (→スイテ49 1→マイテ49 1→マロテ49 1)  ※丸屋根
マハ29 26?  (スシ48679 日車→スシ37709→スシ37 10→マハ47 170→マハ29 26)  ※昭和27年以降の標記方式

●判別困難
マイロネフ37290 鷹取 (→マイロネフ38 1→スイロネフ38 1→スイロネ37 1→御料車14)
マシ37850 大井 (→マシ38 1)

●明り窓部・通風器が車体色より薄めに見える
オハ32343 日車 (→オハ31 342)
スユニ47604 日車 (→スユニ36204→スユニ30 5)
スニ47816 日車 (→スニ36516→スニ30 17)
スシ48676 日車 (→スシ37706→スシ37 7→マハ47 167)
カニ39550 川車 (→カニ37 6→カニ29 11→スエ38 2)
スハ32867 大阪 (→スハ32 204)  ※丸屋根
スハ33738 鷹取 (→オハ35 89)  ※丸屋根・長柱構造

写真の光線状態などの関係もあり、この区分けはかなり曖昧な部分もありますが、改めて見返すと、明り窓部・通風器が車体色に近いものが予想以上に多い印象でした。
また、製造工場も記載してみたものの、とくに色との関連性はなさそうに思えます……。
それと、戦後の新製客車のモノクロ写真でも、通風器が車体色に近く見えるものもあり(スロネ30他)、そうしたものは黒、もしくは暗いグレーかと思っていましたが、ひょっとしたら車体色のぶどう色1号と同じだった可能性もあるのかもしれません。
そして、昭和34年7月以降、客車車体色がぶどう色2号に変わり、通風器も明るい灰色系色が多くなっていった……とも考えられるかも?
(オハ34からスハネ30に再改造した車両で、当初から通風器や送風機カバーが明るい灰色の写真が確認できます(恐らく全車?))
(ただ、JR東の在来形客車の通風器は20年以上前も現在も黒っぽい色だったりもして、他にもそうした暗い色の車両は残ったようですが)

明るい灰色系色の通風器(と明り窓部)というと、こちらの写真↓も気になる所です。
https://twitter.com/yakumosann77/status/1233630247490179075
中形木製のナハユニ15322~とのことで、明り窓は閉塞してるものの、三等赤帯については「赤帯」「帯を車体色で塗り潰し」のどちらにも見え、時期の特定は難しそうです。
ただ、木製客車で、通風器とベンチレーターと明り窓部をこれほど明るい灰色に塗った車両が存在してたのは驚きでした。
(戦後の鋼製客車でも、こうした明るい灰色はオヤ35や、マシ29など一部車両の晩年くらいでしか見たことがないような気もするので)

他にも、ぶどう色1号のオハ61で、通風器が明るい灰色に見えるものが見られたりも。 ※4
本などの写真を見る限りでは、この時代でここまで明るい色のものは少数派の印象で、特定の時期・工場といった可能性もありそうに思えますが。


これだとあまりにもまとまりがないので、あくまで個人的印象としてまとめますと。
・戦前の客車の通風器・二重屋根明り窓部は車体色のものが多そう
・通風器・明り窓部が明るい色合いに見えるものは、鳶色の可能性も?
 (資料の裏付けはないですが、グレー系の可能性も?)
・戦時以降、一部の客車で、通風器・明り窓部が明るい灰色のものが存在
・戦後の客車でも、ぶどう色1号の頃は、通風器が車体色だった可能性も?
 (資料の裏付けはないですが、黒~グレー系の可能性も?)
・戦後の二重屋根客車(ぶどう色1号)でも、明り窓部が車体色に見える車両も存在
・車体色のぶどう色2号への変更の頃から、明るい灰色の通風器が増加?
 (資料の裏付けはないですが、黒~グレー系のものも存在)


こんなところでしょうか。
近年にだいぶ資料が増えたように思える鉄道省~国鉄鋼製客車ですが、いまだに不明点が多いです……。




屋根の色関連でもう一つ。
『長柱構造車では屋根布は木部だけ覆い鋼板部分は塗装したが落成時は車体とは別色の青鼠色で塗装した』
ともありますが。※3
この青鼠色の色調がどんなものだったのか、通風器も同じ色だったのか、電車の鋼板屋根とは別の色だったのか等も気になる所です。

電車の屋根色については、客車よりもさらに知識が薄いのですが。
こちらのページ http://amarikoubou.o.oo7.jp/Doc%20Model%20Photo/Doc1_Color.htm
によれば、電車の屋根(鋼板屋根?)・通風器は『国鉄車両関係色見本帳』1956年版で淡緑2号、59年版では ねずみ色1号とのこと。
戦前の急電屋根は灰青色と判断されてますが、そうなると電車の鋼板屋根色は戦前と戦後で異なる?
(断定はできなそうな気もしますが)
急電屋根の「灰青色」と、客車長柱構造車屋根鋼板部分の「青鼠色」というのは、字面的には似通った印象を受けますが、同じ色なのかどうか……。



■出典
※1……国鉄鋼製客車史 第1編 オハ31形(オハ44400)の一族(下)  車両史編さん会  P87
※2……国鉄鋼製客車史 第2編 スハ32形(スハ32600)の一族(下)  車両史編さん会  P84
※3……国鉄鋼製客車史 第4編 オハ35形(スハ33650)の一族(上)  車両史編さん会  P100
※4……写真で見る客車の90年 日本の客車  日本の客車編さん委員会 復刻版
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